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南紀瀞峡 和船 はるやの店

ここは、少し下からウォータージェットに乗って通過する人が多いが、瀞峡にも「はるやの店」という和船で瀞峡の観光ができる。

発着場から、カヌーで川下りをする人をパチリ。

周辺。そしてもとキャンプ場。

その向い側の、はるやの店

 

検索してみつけた、他の人の旅行記

   《 熊野川・瀞峡 》
   昨日訪れた新宮の地、新宮高校のある橋本という交差点を左折し、国道168号線を内陸へ向って北上する。 熊野の清流をすぐ横に見ながらの快適なドライブである。 道の駅「瀞峡街道熊野川」があり車を寄せてみたけど、駐車スペースは小さくなんとなく沈気である。看板に“アイドリング、花火、宿泊禁止”とあり、宿泊禁止はマイカー旅行者には冷たい感じがする、個人で営むんでいるのか田舎のドライブインといった風で・・??。そのまま直ぐに出立した。
  熊野川沿いから、間もなく熊野川町に入ったらしい・・。 チョット賑やかな町並み集落を過ぎると、「古志」という地域に来ると急に賑やかになった。 道路沿いに華やかに瀞峡観光巡りの案内、看板が目立つ。 ここは、ウオータージェット船の船着場乗り場で、ボチボチ観光バスも停まっていた。
  聞くところ、この先の上流部に「和船の」乗り場(玉置口)があって、どうもユックリ、のんびり観光するには、其方のほうがいいらしい・・、其方へ向うことにした。  途中、R168とR169、本宮と玉置口への分れ道があり熊野川にかかる宮井大橋を渡る。
  この辺りは、熊野の大河が大きく二つに分岐してて、通称、右方が「北山川」で北山村へ、左方が「十津川」となって十津川村へ遡っている。
  瀞峡の本命は北山川である、この北山川は和歌山・奈良・三重の3県にまたがって流れている。 峡と言うだけあって山域、山腹が狭まり川筋は、その間をぬって激しく蛇行を繰り返している。
  それにしても国道と言いながら道の細さには参る・・、殆ど一車線並みの上下曲折の道路である。 びくびくしながらも、案内板に従ってどうにかたどり着いた。 地元の農家の方が営んでいるらしく、「はるや」という和船乗場の小店兼受付所があった。たまたま同様の夫婦連れと同船した、4人で5000円。 ウオータージェットは一人3350円であるから、一応納得である。
  川の流れ、山の香り、そして耳をすませば、洞穴の奥から滝の流れる音を聴き取ることもできる。 川面は、急峻な山が迫り、迫力ある自然でありながらも、どこか上品な風情を感じられるのは、瀞(とろ)であるゆえか・・。
  「瀞」というのは、河水が深くて流れがユッタリと静かなところ、という意味である。 因みに、川、特に渓谷の流れは多々表情がある。これらの流れには、滝(たき)、瀞(とろ)、釜(かま)、滑(なめ)、瀬(せ)、淵(ふち)、等と流れの地形や表情によって、いろんな名称が付いているが・・、瀞の場は、大抵の場合急峻な岩場が競り合っている所で、流水が深く淀んでいる所であり、川幅も比較的広く、ゆったりと流れているところである。そんな中で、瀞峡は、岩塊や断崖が多くの表情を表し、自然の造形美を造っているのである。
  和船は、ウオータージェットと違って、完全開放型で小さな推進エンジンを付けた、手漕ぎのボートを一寸大きくしたような6人乗りぐらいの小型船である。 船頭の洒落た語り口、案内で同船の4人はスッカリ打ち解けて談笑もしきりである・・。 川面を滑るように和船の雰囲気は、それだけでも風流であり風雅である。しかも、これだけの大自然の中にスッポリ納まってしまうと、世相の憂さや、汚(けが)された身も心も、川の水と一緒に洗われ流されて、自然と一体となった清爽味を感じるのである。
  進むに従って、夫婦岩、亀岩、ライオン岩と賑やかであり、中天門というのは「瀞八丁」でのメインで、河両岸に大絶壁が連なる地域である。その中に「すべり岩」というのが有って、その昔地震が起きたときに滑り落ちたという謂れがあるとか・・。
  まもなく左手に断崖の上に聳える木造の吊り橋と木造の建物が見えてきた、「瀞ホテル」といって断崖の上に危なっかしく、辛うじて建っているようである・・。 本館が奈良県十津川村、吊橋を渡った川向こうの別館が和歌山県北山村と、地域が全く異なったところに建つ変わった旅荘でもある。部屋や外に巡らされた回廊からは、瀞峡の渓谷美を見渡せるという。

 

たしかに、ゆったり見学するのは、こっちのほうがいい。

結構恒例の老夫婦がやってる。じいさんが川で船頭を。

ばあさんは待合所であゆを焼いてる。

今回も瀞峡の川巡りはせず。バイク旅に特化。ただ、えらく腹が空いていたので、メシない?ときいてみたら無いと。

仕方がないからあゆ1匹500円を食べて飢えをしのいだ。

家族連れが川に出て行ったので、あゆの焼き上がりを待ちながら少し話をした。

後継者がいないと。だいたい、老夫婦がなんとかやっていけるような観光客しか来ないので、普通に生計を立てるような仕事にはならないそうだ。

それでも3年前ぐらいから、すなわち2005年くらいからめっきり人が減ったんだそうだ。

昔は夏休みなら大学生がキャンプに来たりしていたが、そういうのも無くなったと。

要するに、若者が、そして一般人が貧乏になって旅行に出かけられない、ということなんだとおもう。

ちょうど、働いても働いても金がたまらない、ワーキングプアが出てきたころ、2005年だ。

老夫婦の子どもが、定年退職してから、船頭すればどうか?と聞いたが、船頭はそんなに楽なモンじゃないと。

うちは、100年以上前から船頭やってるんだよ、と。昔は道がなかったから、ときどき川をくだって、山のものを新宮市に売りに行き、帰りに都会である新宮市からいろいろ買ってきたんだそうだ。郵便とかそういうのもやっていたんだろう。

道路ができてからは、そういう仕事はなくなったので、瀞峡観光をやっているんだろうね。

この老夫婦が瀞峡観光和船をやめたら、ウォータージェットだけになるんだろうね。

あと10年もつかなぁ。

 

ここに来る前に、山道でサルの集団、20匹くらいかなぁ。見かけた。

そして、この写真の場所あたりには20件くらいの集落があるが、その畑が厳重な柵に覆われていたので、聞いてみた。

昼間はサルが畑を荒らす。

夕方から夜は鹿が畑を荒らす。

冬はイノシシが畑を荒らす。

畑の防御がほんとすごいところだった(^_^)

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